2005年9月

証   『上海に導かれて』

聖書  エレミヤ書 29章11節

   「わたしは、あなたたちのために立てた計画をよく心に留めている、と主は言われる。  それは平和の計画であって 、災いの計画ではない。将来と希望を与えるものである。」


伝道会証し 「上海に導かれて」


 4年前の8月に私と息子は、すでに2年前に赴任していた夫のいる中国の上海市に来ました(娘は、大学生でしたので家に残りました)。それまで、主人は仕事で海外を転々としていましたので、私と二人の子供は東京を動かず暮らしていました。そんな暮らしも合わせると10年になろうという頃でした。夫は単身赴任生活の苦労の中で聖書を読み始め、多くの方々のお祈りに支えられ、中国に赴く数年前にはクリスチャンになっていました。中国に聖書など持って行っていいのだろうか?現状がどのようなものか判らないまま夫を送り出しましたが、以前夫がバンコクの日本人教会でご一緒した姉から、上海にも日本人のクリスチャンの集会があると聞き、現在礼拝を守っている「イエラエ」の方々とお会いすることが出来ました。

 2年ほど前までは、日本人幼稚園の遊戯室をお借りして一箇所で礼拝していましたが、大勢のしかも宗教的な集会を行うことは公には禁じられていることなので、ある事柄から日本人が集まっていることが上海市当局に知れたため、それからは3箇所に分かれ3家庭を解放していただいて礼拝を行っています。 毎日曜日ごとに、20〜30名ほどが集まってきます。以前は、テープレコーダーを前に置き、カセットテープに録音された少し時期のずれた説教を聞いていましたが、今はインターネットで配信されている大和カルバリーチャペルの一週間前の説教を聞かせていただいています。また、ここの礼拝では、子供が8人ほどいるので礼拝後にCSを行っています。中高生会は2年前に発足したので、小学生以下の子供が対象です。日本でCSを担当していた方も来られて、賛美やゲームなどバラエティーに富んできています。30分ほどの間、大人達は楽しく会話などしながら待ってくださっています。CSの様子は、今は3箇所それぞれの現状によって違います。 私と息子がこのイエラエに行った頃は、上海に進出する企業がどんどん増えている時期に重なり、礼拝出席者も増え子供も増えました。それでCSも始めることが出来ました。今は中高生会に移った子供も多く、未受洗の子の殆どが洗礼を受けたいと考えていると聞いています。

  日本人クリスチャンの集会は、10年前に香港から上海に赴任された方のご家庭から始まりました。何人かが定期的に来られる様になると、公安に見張られたり、調べに来られたりしたという事もあったそうです。それなので何時入って来られても良い様に、それぞれコーヒーを前に置き、礼拝を献げていたそうです。この集会の「イエラエ」という名は、5年ほど前に決められたものだそうです。(私達の「ぶどうの枝」という名を決めた頃の事を思い出します。)創世記22章14節「主の山に備えあり(イエラエ)」の言葉からです。中国語では「也来」という字をあてて「誰でも来てください」という意味も込められているそうです。私もそのように主に呼び集められて礼拝に導かれたと言う実感を持ちました。

 ここイエラエでは、日本各地の色々な教会のクリスチャンとの出会いがありますが、この方たちの多くも同じように感じるそうです。礼拝の形式などをはじめ多少の違いはそれぞれありますが、上海ではその様な事は些細なことに思えます。聖日ごとに礼拝を献げる事の出来る喜びと感謝がその場に満ちていることを感じます。
  上海には日本人ばかりか、韓国・台湾・シンガポール・アメリカ・欧米諸国など沢山の国から人が集まっています。それぞれの国の学校もあり、クリスチャンも大勢います。韓国のクリスチャンは公に教会を作っています。国際礼拝も公に行われていて、外国人の外国人向けの伝道活動は活発に行われています。中国の公認教会には、あふれるばかりの人が集まり礼拝を献げています。けれども、政府が説教の内容に関与するこの様な教会では信仰を守ることが出来ないと考えるクリスチャンは、弾圧を受けながらも隠れた家の教会で礼拝と伝道を行っています。
  上海のような外国に向けて開かれた特殊な大都市と、他の都市や田舎の地方とでは全く事情が違うということが、宗教だけでなく、教育・経済・文化など沢山あります。

 4年前に母教会を離れて上海に来てから、多くの方と出会い共に礼拝を献げ、集まり祈り讃美し、交わり、日本に帰国する(または他の国に行く)、多くの方たちを見送ってきました。 いわゆる「教会」が本来持っている組織も建物も無い中で、主なる神を礼拝する群れに加えられて、思いがけない沢山の恵みをいただきましたが、あなたの信仰は?と問われる思いをする事にも多く出会いました。 母教会ではのんびり構えていた私にも、祈らざるを得ない状況が与えられました。これまで周囲の方の祈りに支えられて来た私、何より忠実な僕でなかった私を、主は忍耐して救いの中に置き、導いて下さっている事を知らされています。
  その様な中で主なる神様は、祈りに応えてくださいました。出会って親しくなったある方とは、礼拝を共に献げる友となれました。出会いは、主が救いのために用いようとされて導かれているものだと改めて知らされました。厳しい状況下で仕事をしている夫たちのために祈ってきた婦人会の祈りは、メンズ集会の発足という形で答えられました。(月2回、土曜の夕べに持たれ、未信者の方も集っています。) 

  また我が家では、家族(父親と生活した時間が少なかった息子、家庭生活から離れていた夫)が一緒に生活できる喜びが与えられたことを感謝ています。半面、家族が共に生活する中で起こる様々な事柄がありますが、そのことにも感謝しています。来年は息子の高校進学とともに、我が家の生活も変化することと思います。全てが神のみ手の中にあることを信じて、感謝しつつ残された上海での時間を過ごしていきたいと願っています。

戻る